世界遺産登録から十ヵ月が過ぎ、熊野を訪れる参拝者も日増しに増えてまいりました。「山は重畳と連なり果ては海に達するところ 海は茫漠として広がり南海より波打ち寄せるところ」と形容される厳しくも豊かな熊野の自然の中に生まれた神々は、今も昔も人々の心を魅了してやみません。
熊野の魅力は語り尽くせませんが、「熊野の最も好きなところは?」と聞かれたら、私は迷わず「濡れわら沓の入堂」と答えます。
熊野三山をめざし、時には雨や嵐にも打たれながら難行苦行を続けて古道を歩いてきた人々は、足に履いたわらの沓もすでに泥まみれになっていました。この道者達を、泥だらけの沓のままでもよいからと、そのまま温かく拝殿に迎え入れることを、「濡れわら沓の入堂」といいます。
熊野詣に訪れる人々は、皆それぞれの想いを胸に秘めながら、やっとのことで熊野速玉大社の御宝前にたどりついたのですが、その人達をこのように別け隔てなく迎え入れたという歴史的事実に、私はとても感動させられます。
心からの参拝を志す者には、けっして見かけで判断せず、いつでも宏大無辺なご加護を垂れ給うという熊野権現の慈愛に満ちたこの言葉は、お仕えする私達が忘れてはならない大切な教えとしていつしか熊野速玉大社の社訓となり、今も私達の心に生きています。
熊野速玉大社宮司 上野 顯
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