熊野権現の森の木の葉も美しく生まれ変わり、柔らかい緑に包まれて静かに佇む丹塗りの御社殿は、さらに美しく光り輝いております。皆様には、日頃格別の御崇敬を賜り深謝申し上げます。
さて、どうしても調べておきたいことがあって、一月末に失踪を企て、秘かに屋久島に行ってきました。樹齢七千二百年の縄文杉は、雪に阻まれて残念ながら見ることはできませんでしたが、三千数百年以上といわれる紀元杉には出会うことができました。落雷や台風により上半分はなくなっていても、風雪に耐えながら気の遠くなるような悠久の時を経て、私の眼前にあるその大樹は明らかに他の杉とは異なり、はっきりと樹皮に神様の顔が現れていました。
島の殆どが山岳地帯で平野のない屋久島では稲作ができず、江戸時代になって年貢のためにやむなく屋久杉の切り出しが始まりますが、この時もむやみに伐採するのではなく、託宣によって木が選ばれたそうです。縄文杉も紀元杉も偶然残ってきたのではなく、数ある木の中から選ばれた特別の種であることには違いないのですが、その大樹に神性を感じ取り、代々伐らずに畏敬の念をもって守ってきた、敬すべき屋久島島民の信仰の歴史も決して忘れてはなりません。
大地に落ちた一粒の種から芽が出て二葉が現れ、やがて若木となり、大きくなると大木、大樹になる。大樹はさらに大きくなると何になるのでしょう?そう霊木、神木になるのです。私が屋久島で確認したかったのはここなのです。天地自然の中に神の存在を確信してきた原始の信仰の形こそ、我々が信奉する神道(かむながらのみち)の原点なのであります。
当大社にも樹齢千年を超える御神木ナギがあり、熊野詣での人々は、必ずこの葉を懐中に納めお参りすることを慣習としています。千古の信仰もこの御神木により護られているといっても過言ではないでしょう。
熊野速玉大社宮司 上野 顯